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Rampsをはじめるきっかけ 

  目次1 日本からの電話2 日本行きを阻む香港政府のコロナ対策3 34歳のふわっとした夢…

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Rampsをはじめるきっかけ
Business, Lifestyle

Rampsをはじめるきっかけ 

 

日本からの電話

「諒くん、ごめんね、本当はこんな事伝えたくないんだけど…。健太郎がね、今朝亡くなったの。」

仕事に向かっている途中に届いた突然の悲報だった。

「諒くんは海外にいるから来れないのは分かってるんだけど伝えなきゃと思って。しかも警察は自殺じゃないかって…」

それは、健太郎のお母さんからだった。

 

その後の会話ははっきりと覚えてない。僕はしばらく呆然としてたのだろう、仕事の会議も随分と遅れてしまった。冷静を取り繕って参加した会議も部下に言わせてみれば大分おかしかったようで、会議後に「何かあった?大丈夫?」と心配させる始末だった。

 

 

日本行きを阻む香港政府のコロナ対策

健太郎は大学時代からの親友で、社会人になっても大の仲良しだった。日本からの訃報が届いた一週間前にもいつも通りズーム飲みをしていて、将来の夢を語り合っていた。さらには、彼には僕の紹介で付き合い始めた彼女がいて、交際期間は3年、二人は順風満帆で結婚間近、少なくとも僕にはそう見えた。

なのに、なぜ…。全く分からなかった。気づけなかった。

気が動転していた僕は、会議中にも関わらず気づけば日本行きのフライトを検索していた。今日のフライトで出発すれば葬式にはギリギリ間に合うかもしれない。真剣にそう思った。ただ世の中はコロナ真っ只中で、冷静に考えればとてもじゃないけどすぐに帰国できる状況などではなかった。会社からは渡航禁止命令が出ていたし、日本においても14日間の自主隔離、香港に戻った際には政府が指定したホテルで14日間の強制隔離が求められる。いくら仕事はリモートで出来る環境が整っていたとはいえ、会社のルールを破ってまで飛行機に飛び乗る勇気はなかった。それにロックダウンが長期化していた香港の景気は惨憺たるもので、政府は「人の移動を抑制する」のと「今にも潰れそうなホテルの経営状態を救済する」、その両方を同時に解決するために、11月中旬から海外からの入国者に対して自宅での隔離を禁止し、政府が指定したホテルに滞在しなければならなかった。これは、ただでさえ高い香港の家賃を払う上に、ホテルの宿泊料も払わなければならないことを意味していた。香港政府は「お金と時間に余裕がある人」しか移動させない戦略だったわけで、それが脳裏をよぎり悲しくも僕の日本行きの足枷になっていたことは言うまでもない。

 

 

34歳のふわっとした夢

僕の名前は未希諒。香港在住の34歳。外資系企業で主に事業再生やデジタル戦略の仕事をしている。日本企業で言うところの経営企画部と言えば聞こえは良いが、決してそんな立派なものではない。昨年に「会社の戦略を立て直す」ミッションを命じられたところまでは良かったが、蓋を開けてみたら想像以上の現実が待ち受けていた。新しくチームメイトとなった社員たちのモチベーションはすっかり底をついていて、戦略も何もまずはみんなを鼓舞するところから始まる、そんな毎日だった。戦略を作るだけのノウハウもチームにはなく、みんなそもそも何から始めたら良いか全く分からない状態だった。結果、迫りくる締め切りの連続の嵐に自分が深夜まで働いて終わらせる、その繰り返しだ。

海外住まいは香港が最初ではなく、幼少期から遊牧民のように転々としている影響で友達に言わせてみれば中身はほぼ外国人。もちろん自覚はないし、むしろ日本人であることに誇りを持っているからそう言われるのはあまり嬉しくはない。ちょうどこれからの人生を大好きな日本で過ごそうか、今後のキャリアをどう過ごそうか悩んでいた。そして日本の魅力を世界に発信したい。恥ずかしながらいつまで経ってもそんなふわっとした夢しか持っていなかった。

 

でも、そんなことにも優しく耳を傾けてくれるのはいつも健太郎だった。

 

それなのに本当にこのまま彼にリモートでのお別れを言うだけいいのだろうか?そして、健太郎の彼女は彼の遺体の第一発見者で、警察に色々と取り調べを受けて疲弊していた。

なんて酷な話だろう。大好きだった彼が亡くなったことだけで精一杯なのに、第一発見者というだけでさらに疑われる。彼女だって、発見したくなかったはずなのに。当然彼女のメンタルもズタズタになっていて、リモートで支えるという当初のプランは全く機能していないように思えた。

 

 

あなたにとってこの時間は二度と戻らない

翌朝、居ても立っても居られなくなっていた僕は上司に事を打ち明けて相談した。上司の部屋で事情を説明しようとした瞬間、自分でも信じられないが涙が溢れて言葉に詰まってしまった。このときのことを思い出しながらこうして書いている今も自分でも信じられないほど涙が止まらない。今まで人生で泣いたことなんて数えるほどしかなかったのに、今回は明らかに違った。何も気づかなかった自分が情けなかった。

何故自分は気づいてあげられなかったのだろう?何も聞いてあげられなかったのだろう?そして助けてあげられなかったのだろう?終わりのない質問だと分かっていても、自分を責めずにはいられない、何かできたはずだって。

上司の誘いで会社を離れて散歩をすることになった。一連のことを説明したら、上司も頭の中で理性と感情がごちゃごちゃになっていたように見えた。きっと自分の過去と重ねていたのだろう。そして、僕を日本へ行かせるということは、取締役から承認を得なければならないという大袈裟過ぎる承認プロセスに困惑していたに違いない。

「あなたにとってこの時間は二度と戻らない。そして、今のあなたに大切なのは仕事ではない。傷ついて疲弊している彼の彼女を支えること、そしてあなた自身も彼に正式にお別れを言う必要がある。クロージングがないと人は前に進まないし、いつまで経っても後悔することになる。会社のルールは私がなんとかするから、行きなさい日本へ。」

いつも厳しい上司から意外な、かつ愛のある言葉に道端で泣き崩れてしまった。その後は、二人で相談して仕事に最も影響がない期間を選び、一週間後に日本へ出発し、4週間滞在後に香港に戻ることになった。もう葬式には間に合わないし、自主隔離の2週間もあるからそれを合わせたら彼が亡くなってから3週間後に彼の家に到着することになる。それでも行く価値はある、そう信じて飛行機に乗った。

 

 

人生とは何か?

この後の日本での様子はとても書けるものではない。書いてはいけないとも思っている。それは僕らだけの秘密であって、そっとしておきたい。

ただ、今回の件を通して感じたことを表現すると、すべてのことには「終わり」が来るということ、そして毎日毎日続く代わり映えのない日常の中にも必ず幸せはあるのに、普段はそれにはなかなか気づけないということ。終わりを意識して初めて今日の大切さ、本当はキラキラ輝いている日常に気づく。それがリアルな現実だと思う。少なくとも僕はそうだった。ただこうして親友を亡くしたことによってやっと気づいた今の感情は忘れたくない。だから、意識して立ち止まらないとものすごいスピードで過ぎ去る日々にスポットライトを照らすことの大切さ、そしてそれを噛みしめながら、慈しみながら生きていきたいと思うようになった。

 

 

何かを書こうと思った理由

そして、それだけではなく、健太郎が亡くなる一週間前に彼とズーム飲みで話した将来の夢の話の続きを誰かとしたい。そしていつか必ずその夢を実現したい。もちろん、とは言ってももう20代の頃に調子に乗っていた時代に思い描いてた夢は実現できそうにない。そして興味の矛先や自分にとって大切なものも自然と変化してきた。30代の今はトップスピードでは走れないし、醜い失態だって晒すかも知れない。間違えて笑われるかも知れない。でもいいじゃないか、30代からだって遅くない気がする。そう信じたい。

「30代には30代なりの進み方があったっていい。」

それは健太郎の口癖だった。今度こそはもう臆することなく、怯むことなく、夢に向かって踏み出したい。そして達成するまでの軌跡を記すことで、あとでこんなこともあったなーと振り返りたい。その日々を忘れたくない。

 

 

Ramps(ランプス)とは

そのために「令和の遊牧民を目指して」というテーマのブログ(Ramps)を立ち上げることを決心した。ランプスとは、僕が勝手に作った造語で、ドイツ語のRampenlicht(スポットライト)と英語のAmplifier(増幅器)をくっつけておまけに複数形のsを加えている。つまり、「芽が出そうなモノにスポットライトを当てて、それを大きく成長させることを何度も繰り返したい」という意味が込められている。

Rampsを通して、夢へ向かって蛇行しながら進む30代のリアルな日常を紹介しながら(仲間に加わってくれる方を募集!)、色々と考え、もがき、語り、ブラッシュアップし、育み、成長させる様子を紹介したいと思う。そして発信することで自分にプレッシャーをかけて、加速したい。

 

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